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一凡俗に拠る、感じた事云々~思う処徒然記。
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訊くコトの落し穴
2010-10-21 Thu 16:07
 過日、占い依存症のヒトのドキュメンタリー番組を観た。
 その方、最初に占い師に視て貰った際、あれもこれも言当てられた為、
「占いに導かれれば間違いは無い」
と思い込まれた様子。
 そうして、一寸した悩み~日常的なお買い物で「どっちを選ぶ?」ってコトまで占いに頼り、占いナシでは何も決められなくなったそう。
 これは、スピリチュアル云々にも同様の事が言えると思う。
 最初に頼ってみて素晴らしい成果を得られたから、
その視は間違いなし、これこそが正しい道!
と思い込んでしまう、という……。
 「何かが視得て中った」ソレ自体は「凄いコト」かもしれないけど。=間違いは無い と保障された訳ではない。
 けれど、一旦妄信してしまうと、
「それ本当?その情報はアテにして大丈夫??」
とサニワする意識自体が消し飛んでしまう。
 ちゃんと自力で考えられる・誰の意見でも取捨選択が基本って方なら大丈夫だが、
「訊けば正しい事だけ言ってくれる(に決まっている)」
と思い込んでしまうパターン多し。こうなると、もう
「全部科学で説明が付くのがホンモノ、ソレ以外は嘘・作り事」
と科学妄信論者と変わらない。
「一寸傾倒し過ぎじゃ?」
等と窘めたりすると、
「アナタには判らなくても、自分はちゃんと判ってるから!」
と不興を買ってしまったり……。
 折角手にした「頼れる正解」を失くしたくないんだろうか、嵌ってしまった方って周りが幾ら意見しても聴かないね。すぴりちゅある系と距離を置く・「視ず頼らず過ごす」のをとても恐れる様な???
<嵌り込むヒト
 何でもかんでも占いやすぴりちゅあるで判る訳が無い、ソレはあくまで一情報なんだけどなぁ。
 占いや「視」を利用しているつもりで、いつの間にか振り回された・すっかり依存して自分じゃ決められん;って事がない様に。
 独りじゃ心細くて何かに頼りたい というのも判るが、程々にしておく のが無難と思います。
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