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一凡俗に拠る、感じた事云々~思う処徒然記。
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慣れが生むモノ
2008-10-04 Sat 02:15
 人は慣れる生き物だなぁと、つくづく思う。以下に書く事は、自分の苦い経験から感じた事です。
 お友達と付き合い始め最初の内は、話したり場をシェアするだけでとても愉しく、気の合う相手と接してるだけで幸せな気分になれる。
 でも、その愉しい一時が日常化してしまうと、シェアするだけで嬉しかった・充分だったハズが、有ってアタリマエのモノになってしまったりする。だって、いつもそうだから。
 そして、”コミュニケーションしていつも愉しい”に対して、特に何の感慨も浮かばなくなったりもする。その人と居て、いつも愉しいから。愉しい一時であるのが普通だから。
 そんな”愉しい”に浸かっていて、何か予想外のショッキングなリアクションを返された際。そのリアクションで愉しい一時では無くなった場合、先ず不満が出る。
「いつもはもっと穏やかに返事してくれるハズが、何でそうなるの?」
と。
 それで、その不満を相手にぶつけようものなら、事態は荒れる。相手の意向を汲む前に自分の苛立ちだけをぶつけるのだから、そりゃ相手も驚くだろうしムッとするだろう。
 本当は感情的にならず冷静に話をするのが望ましいけれど、 お互いが”共に居て愉しくてフツー”認識だったりすると、
「何で不愉快にさせるの!そんなヒトじゃなかったのに!」
と双方意地になって、もう収拾がつかなくなる。だって、今までは一緒で愉しかったんだから。
 ”一緒が愉しい”のが平常になって、共にしてくれる相手への感謝は、すっかり抜け落ちてしまう。
 いや、「私なんかとトモダチで居てくれて……」と卑屈になるのが無難という訳ではなく、それまでの愉しい一時は、決して自分1人で成った訳ではない という事。
 好い友達付き合いは、双方が気配りをして初めて成る。1人だけの努力じゃ成し得ない。
 それを、慣れに任せて忘れてはいけない。
 友達なんだから、自分に合わせてくれるのがトーゼン となってしまったら、傲慢となる。友達なんだから心地良い返事くれてアタリマエとなったら、独善と呼ぶ。
 どちらも慣れが生み易い魔物だが、そんな魔物を心の中に侵入させてはいけない。どうせ心に留め置くなら、”お陰さん”と”有難う”の方が気持ち好い。
 と、ここまで書きながら自分の過去を省みると、本当に恐ろしい……如何に慣れきって、本来は”お蔭さん”のハズが思い上がりに成り下がっていたか、過ぎてみてよく判る。
 ”慣れ”に惑わされない様に、充分に気を付けたいものです。初心忘れるべからず、「お蔭さん」ですよ。
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